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気候危機とアートの勉強会「Green Study Meeting vol.5」レポート

AITが2024年7月12日に代官山とオンラインで開催した、アート分野から気候危機を考える勉強会「Green Study Meeting vol.5」の様子を、ライター・武田 俊氏によるサマライズレポートでご紹介します。

AITが開催してきた気候危機とアートに関しての勉強会「Green Study Meeting」。2024年7月12日に開催された5回目では「気候危機におけるアーティストの実践」と題し、アーティストの視点からこの問題に着目しました。

ゲストに迎えたのは、環境先進国としてのイメージも高いフィンランド出身のアーティスト、パトリック・ソーデルルンドさんとマイユ・スオミさん。彼らはこの気候危機という難題に対し、どのような態度で向き合い、どのように制作に反映させているのでしょう。豊富なスライドとともに語られた彼らの実践知を、レポートとしてお届けします。


2008年の「Escape From Tokyo」から考える

まずはAITのロジャー・マクドナルドから、AITが気候危機問題に取り組むようになったきっかけと、これまでのアプローチについての解説からスタート(過去記事に詳しいので、気になる方はぜひご覧ください)。

その流れの中で、ゲストの一人であるパトリック・ソーデルルンドさん(以下パトリック)が、アーティストユニット・IC-98として2008年にAITのアーティスト・イン・レジデンスプログラムで来日した際のエピソードを紹介。当時滞在の成果として制作されたのが「Escape From Tokyo」という小冊子で、これはさまざまな人々が、東京を脱出し出かけたい場所について記した手書きのテキストをまとめたものです。

ロジャーは当時を振り返りながら「ここから16年が経った今、東京からの脱出というフレーズには、むしろすごくリアリティを感じますよね」と語りながら、アーティストの紹介へと移ります。

今回のゲストは、前述のパトリックさんとマイユ・スオミさん(以下、マイユ)。フィンランド文化財団の支援を受け、AITのレジデンスプログラムの一環として今年5月から日本に滞在中です。

以前から自然と人間の関係性や環境意識をテーマに制作を続けてきたパトリックは、特に庭園や里山に対して関心を持ちリサーチを継続。建築家としてのバックボーンを持つマイユは、環境建築の手法を用いて人々が感覚的に環境課題を感じられるようなプロジェクトを行っているとのこと。マイユからプレゼンテーションが始まりました。


種の多様性自体を支えられる建築とは

まずはマイユが制作に対して行っているテーマと、理論的な裏づけの解説からプレゼンテーションがスタート。彼女の根本にあるのは、環境を捉える目線や対話を拡大させたいということ。その際に、人類以外への種を含めた上での環境を意識し、作品によってそれらを可視化させ、鑑賞者が自然と人々との関係を包括的に捉えられるよう実践しているそうです。

特にコンセプチュアル・アートや、サイトスペシフィック・アート、加えて都市のあり方を再考するアーバンアクティビズムのアプローチを取り入れながら流動的に制作をしているといいます。

「建築は社会に深く根付いていて、膨大な資源を必要とするもの。また動きが鈍い部分もあるのでとても焦りを感じています」と語るマイユは、建築そのものとは距離を置きつつ、小規模で状況の変化に素早く対応できる制作が可能なプロジェクトに取り組んでいるそう。その結果、パビリオン形式の作品が増え、それらをある種のマニフェストとして展開するというアイディアが生まれました。

彼女が大切にしているのは、自身の持つポストヒューマニストとエコフェミニストとしての考え方です。人間中心主義的な考えを超えてゆこうという前者の視座に、エコフェミズムを加えていくことで、西洋で建築を学んだ人間として、その歴史と実践そのものを疑っていくような視点を大切にされているそう。

「自然と人の生み出した文化を対立構造で語っていくシーンが少なくない建築教育を受けてきた立場として、これをどう崩せるかというのが1つのテーマなんです」という率直な言葉からは、このあとも語られることになる「人類自体が自然の一部である」という彼女自身の態度が伺えるようでした。

特にケアと関係性という2つのキーワードを通して、サステイナブルな建築を考えることで、人類以外の種の多様性自体を支えられる建築とはどのようなものかを探りたいと、アーティストとしての自らのテーマを具体的に語ってくれました。

博物館の駐車場跡地から生態系を作り直す「Alusta Pavilion」

マイユが具体例として紹介してくれたのは、フィンランドのヘルシンキで行われた「Alusta Pavilion」というプロジェクトです。これはフィンランド建築博物館の旧駐車場で現在も継続中のもの。かつて駐車場だったアスファルトで固められた空間に、多くの生命を呼び込むにはどうしたらいいかをテーマに、環境学者や生態学者らを招いて対話を実施。そこから、人間と人間以外の種双方のウェルビーイングを促す場所づくりを行う、というアイディアが生まれました。

プロジェクトチームが最初に取り組んだのは、植生と受粉。どのような植物を植えると、どんな虫がやってくるのか、そのための土はどのようなものがいいのか。試行錯誤が始まりました。

「この実践を通してわかったのは、昆虫といっても種によってそのニーズが大きく異なるということ。チョウでも種類によって好む花は異なるし、蜂によってもまた異なる。その特性について学んだんです」と、美しい現地の写真を用いたスライドを交えて解説。

また、多様な昆虫や植物の存在は、訪れる人にとっても幸福感を与えてくれるもの。そのために建築物の構造にも着手。そこで虫が巣作りをしやすいよう、小さな穴をたくさん開けたブロックを置いたそう。これはその形状のユニークさから、人の目にも楽しい工夫となりました。

昆虫のニーズから植生を考えることからスタートしたプロジェクトは、次に植物のニーズを考えるフェーズへ。さらには土壌とその中の微生物のニーズについても考えることに。そこで、いくつかの菌類をまとわせたブロックを持ち込み、菌類、土壌、植物、昆虫がどう相互依存しながら関係しているかを見せようと試みが進みます。

一方で、建築物として使う素材についても考えなければなりません。テーマのひとつである関係性を表現すべく、素材そのものの循環性──素材がどこから来て、使われたあと土に還るか──を考えた結果、バイオ炭を用いることに。これは有機的な廃棄物を焼き固めた炭の資材で、農業用途がメインとなるものですが、今回は建築資材として使用。気候危機において炭素のあり方が注目されている今、そこにポジティブな側面があるということにも光を当てたかったそうです。

このプロジェクトには教育的な側面もあり、建築、デザイン、粘土を用いた建築資材の研究などを進めている学生たちと一緒に、粘土をベースとした構造物を実験的に制作しました。空間としても後から手を加えやすい設計をしているので、さまざまな段階でワークショップも開催。子どもたちと一緒に、構造物の穴を使って昆虫や動物たちのための巣をつくるワークなどは、とても好評だったよう。

実際に場づくりが完了したあとには、トークイベントを繰り返し実施。気候危機に関するエキスパートを招いて、特にこれまでフィンランドではあまり議論が進んでいない領域をテーマに対話を行いました。そのひとつが「人以外の生物種との関係性をどう築き直すか」「その多様性をどう維持できるか」というもの。パトリックにもゲストに来てもらい、気候危機におけるアートの役割についてトークをしてもらったそうです。

プレゼン終盤、マイユは参加者の目を見るようにしながら「目標のひとつは、こんな町中の場所に、人類以外の種の存在について落ち着いて考えられるスペースを提供することでもありました」と語ります。

「物理的にも時間的にも人類とは異なるスケールで暮らす生きものに目を向けることで、生き方の違いに敏感になれるのではないか。私たちはどうしても、人類以外の生きもののライフスタイルに対して盲目的になってしまう。違う種との関係性を紡いでいくきっかけとなる場をつくりたかったんです」(マイユ)

「Alusta Pavilion」は無料で開放されていて、誰でも入れる場所です。また、さまざまな種が共生しているため、常に変化している場所でもあります。「建築の持つある種の美学的価値として、安定性──変わらないことやゆるがないもの──がありますが、その逆のアプローチですね」と微笑みながら語るマイユは、「実は私たちが暮らす場は、常に変化しています。そして、地球自体がそのフェーズに突入しているんです」とプレゼンを締めくくりました。

人の介入できない廃屋を1000年観測し続ける「House of Khronos」

続いて、パトリックのプレゼンテーション。

これまで26年間、制作パートナーであるヴィサ・スオンパーとともに「IC-98」というアートユニットとして、環境に関するプロジェクトを行ってきた彼ら。今回はその中から、サイトスペシフィックな試みを2つ紹介してくれました。

最初に紹介されたのが「House of Khronos」。これは2016年にスタートした、フィンランド南部にある使われなくなった建物と土地を活用したプロジェクトです。2000平米の土地の中に5つの建物があり、かつては周囲をゲートが覆っていましたが、自然に浸食されてそれ自体が崩壊しているような場所だそう。

「自然と人の営みである文化は平等である」と考えるパトリックたちは、建物や土地を所有するということ、その環境を支配し搾取をするということは、どういうことなのかを実践を通して考えたいと思い、動き始めます。

まず、2016年にこの使われなくなった建物と土地を購入。はじめに調査を実施しました。地質学的、工学的、鳥類学的、植物学的、建築学的──さまざまな視点と手法で調査を進めた結果、ある場所にはすでに十分な生物多様性が認められるということがわかります。

ただ、そこを人が所有し、介入が発生すると、本来その自然環境が持っていた価値が損なわれてしまう。そこで、土地というものを地球に還していくべきだ、ということを証明しようと思い立ちます。
「調査を終えたあと、ぼくたちはこの土地をすぐに地元の行政に寄贈したんです。ただひとつ、ある条件を加えて。それは周囲をゲートで囲って、人が一切入れないようにするということ。この条件を契約書に明記した上で、寄贈をしたんです」(パトリック)

その上で彼らは、この土地を1000年間という長い時間の中で、10年ごとに調査し、どのように環境が変化しているかを記録する、というルールを生み出しました。

こうした環境系のプロジェクトにおける定期的なアーカイブは、映像や音声の記録という形で行うことが多く、その行為自体が環境への人為的な介入でもある、と彼らは考えています。「つまり、自分たちが扱える道具や技術でしか、環境の変化を捉え感じることができない。これはひとつの課題でもあります」というパトリックの語りからは、たとえ気候危機や環境保全をテーマとしたアクションであっても、人やテクノロジーの介入を完全に避けることは難しいというひとつのジレンマを感じさせるものでした。

「House of Khronos」の肝は、寄贈した土地に対して観測を続けていくということです。行政に寄贈したことで、アーティスト自身の思惑を越えて、より政治的・行政的なレベルでの話も進んでいく。その中で、アーティストとしての決断や意図がどの程度有効なのか。そのこと自体を議論することが、本作の目的のひとつだというパトリックは、文化人類学における「贈与」をモチーフに語りを続けます。

「今回、条件つきで贈与を行ったことで、このプロジェクトの対象となる土地は、政治や行政のあり方、我々の社会的な生活の仕組みに包摂されたわけです。なので、おそらくどこかで人の介入は起こってしまう、契約は破られると思っているんですね」(パトリック)

例えば敷地内の木が倒れて、道路の通行を妨げたとしたら人の管理が必要になります。その時、人の介入とは何か、どうして必要なのか、どう防げるのかを考える必要が出てくるでしょう。その根本的な問いのきっかけ自体をつくっていく意図もある、というこのプロジェクトについて「そういうことが起こらないかと期待している部分もあるんですよ」と茶目っ気たっぷりに語るパトリック。

偶然にもこの土地を彼らが購入した後、さらにその周辺の畑が売られ、近く太陽光発電のスペースになる予定だとのこと。「ここから何を考えるか、です。使用するエネルギー量を抑えよう、という発想ではなく、別の手段で調達しようという考えが進んでいる。ここに人類の抱えている問題が顕在化しているのではないか」という彼の言葉には、再生可能エネルギーの導入を両手放しでは喜ぶことのできないもどかしさが含まれているようでした。

北極圏の荒れた廃坑をどう癒やせるか

もう一つのプロジェクトは、フィンランド北部の北極圏に位置する廃坑を使ったもので、パトリックは「アンチ・ランドスケープ・パークとでも呼ぶべきもの」だと紹介を始めました。これは、人類の搾取によって荒れ地となった場所で、人類はもちろん人類以外の種も含めた新しい生態系がどう成立しうるかを考えていくというもの。

まだ計画段階ではあるものの、来年(2025年)にも書籍化する計画が進んでおり、パトリック自身がグラフィックデザインを担当するなど「かなり夢中になっていて、どっぷり浸かっているよ」と語ります。

その熱量と思いをうまく言葉にしきれないのか、途中から「きっとマイユがもっと上手に説明してくれるでしょう」といい、会場から笑いがこぼれる場面も。

「資本主義によって破壊されていった環境の中で、そもそも共生ってどういうことなのかを考えなければならないし、最終的にはここで人が暮らすという前提で生態系やコミュニティを考え形成しなければいけません。そうするとやはり政治的な思惑、というものが現れてくるわけで、そこも含めて包括的に考えられるプロジェクトにしていきたい。そんな感じだよね、マイユ?」(パトリック)

ということで、ここからはマイユにバトンタッチ。

「オーケイ(笑)。私からは簡単にまとめたいと思います」と引き継ぎ、その着想から現時点までの試みをサマライズして紹介。

このプロジェクトもまず場所のリサーチからスタート。地質学者や生物学者、微生物学者や建築家などの専門家が多数加わり、人が炭鉱として扱う前はどんな場所だったのか、どんなタイミングで鉄を見つけ、鉱山として整備されたのかを把握することから始まります。

さらには鉱山が営まれることで、どのように環境が汚染されたのか、その汚染の結果今はどんな植物が自生しているのか。土の中にはどんな微生物が住んでいるのか。さまざまなスケール感で調査が進められました。

「私たちがやろうとしているのは、どうやったらこの傷ついた土地を癒やし、ケアできるかということ」だというマイユ。ここを訪れた人たちに、人が環境に介入して搾取をすること自体が、どういうことなのかはっきりと理解してもらうことが重要だと明言します。

「例えば、ここにスマートフォンがあります。これをつくるための素材は何で、どこからきたのか。あるいは今日集まっているこの建物は、どこからきた素材でできているのか。普段の生活の中でそんなことは考えないですし、わからないですよね。けれど、人類が自然環境の中から抽出した資源からできていることは間違いない。環境資源を使うというのは、どんな意味を持つのか。ある種の犠牲の上で成り立つ私たちの生活とは何なのか。この場所での体験を通して考えてもらいたい」(マイユ)

そんなマイユのプレゼンをうなずきながら聞いていたパトリックは、最後に「この炭鉱のプロジェクトは、2008年の来日時に見たいくつかの日本庭園から感じた影響が要素として入っている気もします」とつけ加えるように語りました。

日本庭園のナラティブ、里山の可能性、フィンランドのアートセクターの試み

休憩を挟んだ後のディスカッションでは、会場とオンライン視聴者から、いくつかの質問が飛び交いました。

まず「炭鉱のプロジェクトに、どのように日本庭園の体験が反映されたのか」という質問に対しては、パトリックが「西洋庭園は神のような視点で、すべての景観を一望できるように設計されていることが多いけれど、日本庭園はそうではない。景観を眺めるルートの中で、見えるものとそうではないものがあり、その流れ自体が体験なのだと思っている」と答えます。

さらに石をひとつとっても、それを古い寺から持ってきたとすれば、その土地と寺の文脈が交差し、新しいレイヤーが生まれる。「ナラティブのクオリティ」という表現で、その魅力を説き、炭鉱のプロジェクトにもそういった視点を取り込みたいと続けました。

「今回の来日の目的は?」という質問には、マイユが応答。都市と自然との境界がどのように発生しているのかという彼女の持つ疑問について、伝統的な家屋などをリサーチしており、特におもしろいと感じているのは里山だといいます。里山という概念から、自然と人との共生や、それぞれの折り合いのつけ方を考えるヒントがありそうだと感じているそう。

最後にオンライン視聴者から、クリティカルな質問が。「北欧では環境政策が進んでいると思うが、フィンランドの現状やアート界での意識はどのようなものか」という問いに対して、パトリックから予想外の回答がなされます。

「現状として、テクノロジーや科学を用いた環境政策へのアプローチが目立つという点でフィンランドは先進的な印象を持たれているかもしれないけれど、個人的には正しいとは思わない」と切り出し、エネルギー供給の代替手段を提案しているだけで、根本的な解決策ではないという主張を示しました。

一方のアートセクターについては、具体的にいくつかの試みを紹介。例えば今回の滞在をサポートしているフィンランド文化財団の施策には、航空機を使わない陸路での移動をアーティストが選んだ場合、受け取れる助成金が上がるインセンティブがあるそうです。また美術館の取り組みについては、環境問題に向き合うだけではなく、環境保護団体やアクティビストが活用できるプラットフォームを提供するなど、立場を明確にしたアクションもあり、とてもポジティブに感じているとのこと。

イベント終演後も、参加者を交えた立ち話は続きます。北欧から届けられたアーティストたちからの実践的な試みとアイディア、そして問題提起は、少人数の勉強会ならではの双方向的な学びを通じ、密やかでありながらも、同時に確かな熱量を帯び、会場全体へ広がっていくようでした。

文:武田 俊

概要
Green Study Meeting vol.5「気候危機におけるアーティストの実践

ーフィンランドよりマイユ・スオミとパトリック・ソーデルルンドを迎えて」

日時:2024年7月12日(金) 14:00〜16:00(開場 13:30)

場所:代官山AITルーム(東京都渋谷区猿楽町30-8ツインビル代官山B403)およびオンライン(Zoom)

主催:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]

特別助成:公益財団法人 石橋財団

協力:フィンランド文化財団

言語:英語と日本語(逐次通訳あり)

定員:代官山AITルーム:10名、オンライン:30名

*非公開・ご招待制、事前申込制、無料


*あわせてぜひお読みください。

気候危機とアートの勉強会「GREEN STUDY MEETING VOL.3」レポート 文:福島夏子 (Tokyo Art Beat) (2024.4.19) https://www.a-i-t.net/blog/p16933/

気候危機とアートの勉強会「GREEN STUDY MEETING VOL.4」レポート 文:坂口千秋 (2024.7.23) https://www.a-i-t.net/blog/p18664/

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アートがもつ表象の力、美術史や言説と気候危機の関係、そして具体的な実践について、AITの活動全体を通じて追求していきます。アート・オンライン講座「崩壊の時代の芸術体験」コースやTASで行っている講座と合わせてご活用ください。

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