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Vol.5:環境保護デモから持続可能な作品輸送アクションまで、アート産業が今取り組むべきこと

「気候危機とアート」シリーズ5回目では、気候危機とアートに関する出来事を海外のニュースから5つピックアップし、コラムとしてお届けします。

文=ロジャー・マクドナルド

これを書いている2022年7月時点、世界中で記録的な熱波が起きている。ヨーロッパでは大規模な山火事が多発、イギリスでは記録的な40度、アメリカでも多くの州で40度を超える温度が観測され、日本では地域によって非常に激しい雨が降っている。

このような異常気象の原因には気候変動がある、と多くの気候科学者は指摘する。
オックスフォード大学気候科学プログラムのフリーデリケ・オットー教授は、特に化石燃料の燃焼により、世界中で熱波の頻度と強度、持続時間が増加していると言っている。数年前の予想よりも早く、さまざまな気候の変化による影響が今、現実になっているのだ。

一方、ロシア・ウクライナ戦争による石油燃料の価格が高騰しているにもかかわらず、、世界では変わらずに経済発展と便利さを追求する動きがある。市民や学者の中では、これまでとは別の生き方や、異なる経済システムについての重要な議論も起きているが、地球の国家とそのリーダーたちは、なかなか意味のあるアクションに踏み切れていないのが現状だろう。

こうしたなか、アートセクターも矛盾を抱えながら、対策やアクションを探っている。個人富裕層が大きなステークホルダーでもあるアート産業は、持続可能なシステムに移行しようとしているが、同時に、自由な航空移動、個人が消費する資源や物品の過剰さなど、既存のシステムに依存する状況は変わらない。

綺麗事ではなく、アートセクターはこれからどのようにリーダーシップを取って意味のある変革を促し、実践できるのか。「ビジネス・アズ・ユージュアル」、これまで通りの方法から何かを変えることは本当にできるのだろうか?こうした批評的な態度を持ちながら、今、どのような価値観やヴィジョンが必要なのだろう。
ゼロからではなく、多くの素晴らしい先駆者たちの文献や実践を参照しながら、それらをコレクティブに考え、実践していくことが大事だと思う。

ここに、最近起きているいくつかの気候危機とアートに関するニュースをピックアップした。

車椅子の老婆に変装した男が環境保護訴え《モナリザ》にクリームケーキをぶつける

2022年5月30日、パリのルーブル美術館で、車椅子に乗った老婆に変装した男が、(環境デモの一環として)モナリザの作品の保護ガラスにクリームケーキを塗りつけるという事件が発生。男は犯行中、フランス語で「地球のことを考えろ…地球を破壊している人たちがいる、そのことを考えろ…だからやったんだ」と叫んだという。

(参照:THE ART NEWSPAPER、2022年5月30日)
Mona Lisa smeared with cake by man ‘dressed as old lady in wheelchair

2022年6月16日~20日、ギリシャのアテネで開催された「アート・フォー・トゥモロー」会議

ニューヨーク・タイムズが主催し、2015年から開催されている「アート・フォー・トゥモロー」カンファレンス。2022年版は「Seeking Impact(インパクトの追求)」をテーマに、アーティストや編集者、デザイナーが集い、アートと気候危機の社会問題を取り上げた。2022年版では、アーティストのジェフ・クーンズ、KAWS、クリスティアーナ・イネ=キンバ・ボイル(ペースギャラリー、オンラインセールス)、マッシミリアーノ・ジオーニ(ニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート、芸術監督)、ヴィクトリア・シダル(frieze、ノンエグゼクティブディレクター)らがスピーカーとして登壇。6月17日には、「アートと持続可能性:友か敵か?」というパネルディスカッションが開催され、特にアート業界がよりサステイナブルになり、意義のある行動を起こすためにはどうすべきかに焦点が当てられた。

(参照:Art for Tomorrow、2022年6月16日〜6月20日)
June 16-20, 2022, Art for Tomorrow conference held in Athens Greece.

アートバーゼルとUPSによる「アートマーケット2022年レポート」

2021年の富裕層コレクターへの調査により、アート市場に関する懸念事項トップ10を発表。トップ3は、市場における法律や規制の問題を中心としたもの。アート市場の持続可能性とカーボンフットプリントに関する項目は、10位で最下位となった。64%のコレクターが、展覧会やアートフェアへの個人的な移動を減らすことが優先度が高いと感じている。また、70%のコレクターが、美術品の購入やコレクションの管理に関して、持続可能な選択肢を考えたことがあることがわかった。このような態度や考えが、実際にどのような行動に移されたかは、まだ明らかになっていない。

(参照:The Art Market 2022 An Art Basel & UBS Report)
The Art Market 2022 Report, by Art Basel and UPS.

新たな美術品輸送の取り組み ー コスト削減と持続可能な選択肢の模索を目指す

2022年4月、オークションハウスのクリスティーズと海運会社のクロージャー社(Crozier)が提携し、ニューヨーク、ロンドン、香港間の美術品輸送のための新しい海上貨物ルートを開設。この計画では、航空機での輸送に比べ、二酸化炭素排出量を80%削減することができるとされている。また、クロージャー社は、美術品を安全に輸送するために、温度管理、湿度、衝撃モニターを備えた特別設計のスチールやアルミニウムの輸送コンテナを開発中。この方法でロンドンーニューヨーク間は約20日、ロンドンー香港間は約40日かかるという。

(参照:artnet、2022年4月20日)
New Art Transportation Initiatives to reduce costs and find more sustainable options.

2022年4月29日、Studio Olafur Eliassonは「ノーフライ」ルールを早急に開始

スタジオ・オラファー・エリアソンは、今後10年間でカーボンニュートラルになることを目指し、飛行機に乗らないルールを契約書に書き入れ、アート作品を鉄道で輸送し、展示はビデオ通話で遠隔設置することを進めている。

アーティスト、オラファー・エリアソンによる直近の日本での大規模な展覧会となった「ときには川は橋となる」(2020年、東京都現代美術館)では、出展作品がベルリンからシベリア鉄道を経由し、東京・江東区にある美術館まで送られた。日本とロシア本土間のギャップを埋めるために必要なことは、船旅だけだった。スタジオ・オラファー・エリアソンのデザイン部門を率いるセバスチャン・ベーマンは、「実際に日本に行った者は一人もいない」と語る。また、次のようにも語った。「インスタレーションとセットアップを夜間のビデオ会議で行い、オラファーは一般的に行われるオープニングにも行かなかった」。

(参照:dezeen、2022年4月29日)
29 April 2022, Studio Olafur Eliasson will begin ‘no-fly’ rule as soon as possible.

ロジャー・マクドナルド
TOTAL ARTS STUDIES プログラム・ディレクター/AITキュレーター

東京生まれ。イギリスで教育を受ける。学士では、国際政治学。修士では、神秘宗教学(禅やサイケデリック文化研究)。博士号では、『アウトサイダー・アート』(1972年)の執筆者ロジャー・カーディナルに師事し美術史を学ぶ。1998年より、インディペンデント・キュレーターとして活動。「横浜トリエンナーレ2001」アシスタント・キュレーター、第一回「シンガポール・ビエンナーレ 2006」キュレーターを務める。2003年より国内外の美術大学にて非常勤講師として教鞭をとる。長野県佐久市に移住後、2013年に実験的なハウスミュージアム「フェンバーガーハウス」をオープン、館長を務める。2019年、地元・望月にて市民運動グループ「MOACA」設立。2021年UBIA「宇宙美術アカデミー」をスタート。スペースミュージッククラブほか「市民回復センター」を主催。NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ [AIT/エイト]設立メンバーの一人。AITが行う、不確かな時代における生き方や適応、精神、芸術の思考を通して想像力をトレーニングするオンライン講座シリーズ「TOTAL ARTS STUDIES」(TAS) プログラム・ディレクターを務める。著書に『DEEP LOOKING 想像力を蘇らせる深い観察のガイド』(AIT Press)がある。

https://www.a-i-t.net/https://tas-premier.a-i-t.net/https://www.fenbergerhouse.com/https://www.deeplooking.net/

English

May 30 2022, a man disguised as an old woman in a wheelchair smeared a cream cake over the protective glass of the Mona Lisa at The Louvre Museum, Paris.

The man shouted in French during the attack “Think of the planet… there are people who are destroying the planet, think about that … That’s why I did it”.

June 16-20, 2022, Art for Tomorrow conference held in Athens Greece.

Organized by The New York Times, the Art for Tomorrow conference has been held since 2015. The 2022 edition was themed ‘Seeking Impact’, and brought together artists, writers and designers to address social issues including the art and climate crisis. Speakers at the 2022 edition included artists Jeff Koons, KAWS, Christiana Ine-Kimba Boyle (Online sales, Pace Gallery), Massimiliano Gioni (artistic director, New Museum New York) and Victoria Siddall (non executive director, frieze). On June 17th the panel ‘Art and Sustainability: Friends or Foes?’ was held, with a particular focus on how the art industry can become more sustainable and engage in meaningful action.

The Art Market 2022 Report, by Art Basel and UPS.

High Net Worth collectors top ten concerns regarding the art market in 2021 survey. Top three centred on legal and regulatory issues in the market. Sustainability and the carbon footprint of the art market ranked the lowest on the list at number 10. 64% of collectors felt that it was a high priority to reduce their own personal travel to exhibitions and art fairs. 70% of collectors had thought about sustainable options regarding buying art and the management of their collections. How these feelings and thoughts actually translated into real world action remains unknown.

New Art Transportation Initiatives to reduce costs and find more sustainable options.

April 2022, Auction House Christies and the shipping company Crozier teamed up to open new sea freight routes for art shipping between New York, London and Hong Kong. The scheme is set to reduce carbon footprint emissions by 80% compared to air travel. Crozier is also developing specially designed steel and aluminum shipping containers with temperature controls, humidity and shock monitors to safely carry art works. London-New York takes roughly 20 days, London-Hong Kong roughly 40 days.

29 April 2022, Studio Olafur Eliasson will begin ‘no-fly’ rule as soon as possible.

Studio Olafur Eliasson is writing a no-fly rule into contracts, transporting its artworks by train and remote installing them via video calls in a bid to become carbon neutral in the next decade.

The last major exhibition from Studio Olafur Eliasson, 2020’s ‘Sometimes the River is the Bridge’, was sent all the way from Berlin to Tokyo’s Museum of Contemporary Art via the Trans-Siberian Railway, with only a quick boat trip needed to bridge the gap between Japan and mainland Russia. “None of us actually travelled to Japan,” Studio Eliasson head of design Sebastien Behmann said. “We did the whole installation and setup via night video conferences and Olafur didn’t go to the opening as it is typically done.”