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気候危機とアートの勉強会「Green Study Meeting vol.3」レポート

AITが2024年2月に森美術館にて開催した、アート分野から気候危機を考える勉強会「Green Study Meeting vol.3」の様子を、ライター福島夏子氏によるサマライズレポートでご紹介します。

2月29日、森美術館オーディトリアムを会場に、第3回「気候危機とアートの勉強会(Green Study Meeting vol.3)」が開催された。AITが主催を務める本勉強会は、2023年6月にAITのオフィスで少人数から始まり、同年10月に第2回をYutaka Kikutake Galleryで開催。そして今回は森美術館に約50名のアート関係者が集う規模となった。助成に公益財団法人石橋財団、協力に森美術館が名を連ね、会場となった同館ではちょうど企画展「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」が開催されていた。

AITは2021年にGCC(Gallery Climate Coalition/ギャラリー気候連合)に加入、23年5月にアクティヴ・メンバーに認定されたことを機に、アートと気候危機に関する勉強会を不定期で開催。日本のアートセクターにおける課題の共有やネットワークづくりに取り組んでいる(詳細)。

第3回となる今回は、GCCの共同設立者であるヒース・ロウンズ(Heath Lowndes)、片岡真実(森美術館 館長)、高嶋美穂(国立西洋美術館 保存科学室)、相澤邦彦(ヤマト運輸)が登壇したほか、参加者とのQ&Aセッションが行われた。

ここでは当日の様子を順に紹介しよう。

まず主催者であるAITの塩見有子と、片岡によるあいさつが行われ、その後会場とオンラインでつなぐかたちでロウンズが登壇。GCCの説明や、欧州でのアート業界における脱炭素に向けた取り組みの最新情報が共有された。

GCCは2020年、ロンドンを拠点にアート関係者によって設立された非営利団体。現在では40か国に賛同メンバー約1150人を擁し、ベルリン、ニューヨーク、台湾、ロサンゼルス、イタリアにも支部を持つ。主な目標に、2030年までにビジュアルアートセクターの温室効果ガス排出量を最低50%削減すること、そして「ゴミをゼロにする」実践の促進を掲げる。

ロウンズは、「アート業界は農業や建築に比べると小さな業界ですが、その規模に比して制作や移送などにかかる炭素排出量は大きい」と言う。そしてGCCの活動は、こうした環境問題に関するメッセージを公に発信することを通した、アート業界内における(1)コミュニティ形成、(2)知識の共有、(3)アドボカシー(権利擁護)とキャンペーンだと説明した。

ヒース・ロウンズ氏のプレゼンテーション資料より GCCの「脱炭素アクションプラン」について

GCCは脱炭素化に向けた具体的なアクションプランとして、10段階のロードマップを提示している。比較的簡単なものから長期的な試行錯誤が求められるものまで様々な段階があるが、まずは第1段階、組織内で中心となって環境問題を考える「グリーンチーム」を結成するというのは、それぞれの組織なりの方法で試みることができるのではないだろうか。実際にAITも組織内にグリーンチームを立ち上げ、定期的に意見交換の場を設けることから、現在のような活動に発展していったという。

ヒース・ロウンズ氏のプレゼンテーション資料より GCCの「カーボン・カリキュレーター」の紹介

また、GCCが提供している重要なツールとして「カーボン・カリキュレーター」がある。GCCの公式サイトで無料公開されており、様々なアートに関する組織・団体が、自分たちの温室効果ガス排出の主な原因の内訳を簡単に算出できるというものだ。このツールを使用して算出された二酸化炭素排出のレポートを見てみると、ギャラリーをはじめとする多くの団体で、輸送、人の移動、エネルギーの3項目がその内訳のほとんどを占めていることがわかる。具体的にはギャラリーや美術館等による作品の輸送、飛行機を使った国際的な人の移動、各施設の照明・冷暖房等が挙げられるだろう。

環境問題は世界規模の大きなミッションだが、自分たちの仕事がどのように二酸化炭素を排出しているかを知ることは、この課題に自分ごととして取り組むスタート地点となるだろう。

「企業が財務諸表を公表するのと同様、各組織による二酸化炭素排出量の公表の義務化を進めるべきだと考えています。公表するのは恐ろしいと思うかも知れませんが、そうした透明性が環境に関する社会的責任を果たす第一歩となります」とロウンズ。そして「アート・文化は世論に対する影響力が大きい。環境問題をアートを通して訴えることで、ポジティブな変化を世界に対して起こすことができる。アート界だけでこの問題を解決することはできないが、みんなで一緒にアクションを起こし、観客を巻きこみながら、同義的責任を果たしていくことが重要」と締め括った。

ヒース・ロウンズ氏のプレゼンテーション資料より GCC加入メンバーの公開カーボン・レポート

Q&Aでは、AITのロジャー・マクドナルドから「脱炭素への取り組みは、ギャラリーにとって売り上げに影響をもたらすのではないかとの懸念が聞かれる。アドバイスは?」との質問。ロウンズは「脱炭素化にポジティブに取り組むギャラリーの姿勢が、顧客からの評価を高める効果がある。逆に何も行動を取らないことで評判を下げるリスクがある。また自分たちの移動を減らすことで出費を抑えることができる。私たちはこうした小さな努力をビジネスをしながら継続していく」と回答。こうした視点も重要だろう。

続いて登壇した森美術館館長の片岡は、「サステナブルな美術館運営に向けた国際的な動向について」というプレゼンテーションを行った。

まず大きな流れとして、国際博物館会議(ICOM)と、その関連組織である国際美術館会議(CIMAM)が、ここ数年推し進めてきた気候変動問題への取り組みがある。2018年9月にはICOMが持続可能性ワーキンググループを立ちあげ、19年のICOM京都大会では5つの決議のひとつに「博物館、コミュニティー、持続可能性」が含まれた(*注釈1)。そして22年のICOMプラハ大会で採択された新しい「ミュージアムの定義」のなかに、「博物館は一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む」との文言が盛り込まれた。

[1] 決議1「『我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ』の履行」でも、「知の源泉として地位を確立している博物館という存在は、コミュニティを活性化するうえで貴重な資源であり、すべての人にとって持続可能な未来を協業し形作っていくにあたり、国際社会を支える理想的な場所である」と明記されている。

またCIMAMは世界の近現代美術館をつなぐ国際的ネットワーク組織だが、片岡は2014年から理事を、2020〜22年には会長を務めた。任期中の2020年に「美術館実践における環境の持続可能性についてのツールキット」を公表した。これは(1)即時対応可能な方策の事例、(2)サステナビリティのための行動計画、(3)カーボンフットプリント計算サイトおよび認証、(4)サステナビリティに関する地域別のコンサルタント、(5)文化セクターにおける気候変動問題に向けたプロジェクトや団体、リソースなど、(6)リーディング・リストの項目から成る。

(1)即時対応可能な方策の事例においては、展覧会制作、組織、運営の3項目にわたり具体的な記述がある。たとえば、「展覧会会期を3ヶ月半以上に長期化する」というもの。「実際コロナの影響で移動などが困難になり、展覧会を長期化したところがあると思いますが、日本は伝統的に展覧会の会期が2ヶ月ほどと短い。このツールキットを発表した段階でテート美術館は3ヶ月以下の展覧会はもうやらないと言っていました」と片岡。実際、館長を務める森美術館での企画展は、コロナ禍以降、今年度に至るまで会期が長期化している。

このほか、「地元のアーティストや収蔵品による展示を重視」「最適な輸送方法を検証」「バーチャル・クーリエの採用(*クーリエとは、美術館の収蔵品を他館での展覧会のために送る際に作品に付き添って貸出先に持っていく役割)」「海外からのアーティストやキュレーターの招聘を控え、リモートでの設営を計画」などが挙げられている。こうした動きもコロナ禍において急速に浸透したが、「日本のキュレーターはクーリエとして海外に行き、合わせて調査を行う」(片岡)という慣例があり、そうした機会が失われる可能性や、日本は外国と陸路で移動できないといった立地的条件などもあり、欧米を中心とする枠組みをそのまま採用することにはまだ難しさもあると想像される。

次に、国内外の美術館が公表している「環境ポリシー」について。こうした取り組みの先陣を切るテート美術館をはじめ、香港のM+、日本の十和田市現代美術館の環境ポリシーが紹介された。

そして、世界の主要な60館ほどの美術館館長による国際的グループ「BIZOT(ビゾ)」による、「ビゾ・グリーン・プロトコル」についての共有があった。インフォーマルな組織のため公式サイトがなく情報にアクセスすることが難しいが、今回は参加者に向けこのビゾ・グリーン・プロトコルの和訳がオンラインで配布された。基本理念を引用すると、「美術館は、カーボンフットプリントの削減を視野に入れながら、主に作品の貸借要件、保管・展示条件、建物の設計と空調システムに関する方針と実践を見直すことが奨励される。美術館はコレクションの長期保全と、エネルギー使用量および二酸化炭素排出量の削減の必要性を両立させる手段を模索すべきである」とある。

これについて片岡は、「ビゾ・グリーン・プロトコルは、共同、信頼、互恵性ということを重視しています。一方でこの新しい基準に基づき世界の主要な美術館が、他館への貸出に際してはこのグリーン・プロトコルに配慮した活動が行われているかどうかを検証するという話しも始めています。日本の美術館もこのスタンダードに準拠していかないと、主催に新聞社が入っていても泰西名画を借りられなくなるという可能性が出てきており、大変緊急な状況にある」と、その緊急性を強調した。

高嶋氏のプレゼンテーション資料より 

続いて、片岡から輸送や温湿度管理の課題についてのはなしを受け、国立西洋美術館 保存科学室の高嶋美穂と、ヤマト運輸株式会社 グローバル事業戦略部 美術品ロジスティクス営業・オペレーション課スペシャル・アドヴァイザー / コンサヴァターの相澤邦彦が登壇。

高嶋からは、国立アートリサーチセンターの協力のもと、国立⻄洋美術館とヤマト運輸で共同開発したリユーザブルクレート(再利用できる絵画作品の輸送用の梱包箱)について紹介がなされた。

相澤氏のプレゼンテーション資料より 「TURTLE社製 汎用輸送箱」の事例写真

相澤からは「作品輸送箱の環境負荷軽減対策/事例紹介」と題し、国内外における輸送箱の事例と課題、電気EV+エコタイヤなどをはじめとするヤマト運輸全体の環境への取り組みについて紹介が行われた。

輸送箱は基本的に作品のサイズに合わせて作られることから、ほとんどの美術館で使い捨てになっている。ゴミの削減という点では再利用可能なものが望ましいが、一方で数多くの輸送箱を常時保管しておくスペースの確保は美術館にとって難しい。こうした課題に対して、美術館と運送会社が新たな方法を探る最新動向の共有は、意義深いものだった。

ここまでのプレゼンテーションを終え、最後に会場内の参加者を交えたQ&Aを実施。美術大学の教員や美術館学芸員らが、現在感じている課題や、自分たちの取り組みについて共有し合う時間となった。たとえばキュレーターからは、展覧会の会場構成において、前回展の構成を活かし新たな施工を抑えた実例などが紹介された。

こうした勉強会は現在クローズドで行われているが、今後はひろく一般向けにも気候危機と芸術をテーマに開催を予定している。

なお、AITは今後、「芸術団体のための『基礎的』気候変動アクション・ワークショップ」を開催予定。要望に応じて、ギャラリーや美術館、アーティスト、財団などを対象に、効果的な脱炭素化を始めるためのガイダンスを行う。興味のある美術関係者はぜひAITに問い合わせてほしい。

文:福島 夏子(Tokyo Art Beat)

イベント概要

名称「Green Study Meeting Vol.3」
日時 2024年2月29日(木)19:00-21:00 (オーディトリアムは18:30開場)
会場 森美術館オーディトリアム
住所 〒106-6150 東京都港区六本木6丁目10−1 六本木ヒルズ森タワー 53階

スピーカー
ヒース・ロウンズ(Gallery Climate Coalition[GCC]共同設立者、マネージング・ディレクター)
片岡 真実(森美術館 館長)
高嶋 美穂(国立西洋美術館 学芸課 研究員、保存科学室長)
相澤 邦彦(ヤマト運輸株式会社 グローバル事業戦略部 美術品ロジスティクス営業・オペレーション課 スペシャル・アドヴァイザー / コンサヴァター)

司会 塩見 有子 (AIT ディレクター)
モデレーター ロジャー・マクドナルド、堀内 奈穂子(AIT)

主催 NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]
助成 公益財団法人 石橋財団
協力 森美術館

言語 日本語、一部英語(英語は日本語の逐次通訳あり)
定員 60名
参加費 無料
備考 要事前予約、非公開・招待制

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