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ACCJインタビューシリーズ vol.5 危機には使命感よりおもしろさを――美術家・森村泰昌による「アート・シマツ」 

ACCJインタビューシリーズVol.4は美術家・森村泰昌さんにご登場いただき、京都市京セラ美術館での個展後に残った約2500㎡ものカーテンを、おもしろさを軸に再活用へと導いた「アート・シマツ」プロジェクトを中心に、森村さんの独自の視点と創造的な資源活用の思想を伺いました。

メイン画像:「京都市京セラ美術館開館1周年記念展 森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」展示風景
撮影:三吉史高

美術家・森村泰昌さんインタビュー

聞き手:AITロジャー・マクドナルド、塩見有子

「気候危機という現実に、アートはどう応答できるのか?」。その問いの最前線にいる人々に、ACCJが活動内容や思いを聞くインタビューシリーズ。今回お話を伺ったのは美術家の森村泰昌さん。森村さんは個展で使用した大量のカーテンを再活用する「アート・シマツ」プロジェクトを発案し、クリエイターや一般の人々を巻き込んでユニークな「展覧会の後始末」を実現しました。プロジェクトの背景や、役に立たないもの、滅び行くものに目を向ける森村さんの思いを伺いました。


森村泰昌(もりむら・やすまさ)  

1951年、大阪市生まれ。1985年、ゴッホに扮したセルフポートレイト写真でデビューして以降、国内外で作品を発表する。近年の主な個展に『Theater of the Self』(アンディ・ウォーホル美術館、2013-2014)、『森村泰昌:自画像の美術史—「私」と「わたし」が出会うとき』(国立国際美術館、2016)、『Yasumasa Morimura. The history of the self-portrait』(国立プーシキン美術館、2017)、『Yasumasa Morimura: Ego Obscura』(ジャパン・ソサエティ、2018)、『森村泰昌:エゴオブスクラ東京2020−さまよえるニッポンの私』(原美術館、2020)、『M式「海の幸」-森村泰昌  ワタシガタリの神話』(アーティゾン美術館、2021-2022)、「森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」(京都市京セラ美術館、2022)、シンディ・シャーマンとの2人展『仮面の舞踏』(香港 M+、2024-2025) などがある。著書に『生き延びるために芸術は必要か』(光文社新書)ほか多数。2018年、大阪・北加賀屋に「モリムラ@ミュージアム」を開館する。

 

「アート・シマツ」プロジェクト:

個展「森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」(2022年、京都市京セラ美術館)[1]で使用したカーテンの再活用を森村氏が提案し、コピーライターの糸井重里氏が主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞 (以下、ほぼ日)」の協力を得て実現した。23年、デザイナーや漫画家ら全11作家によるカーテンを使った作品展「アート・シマツの極意展」を開き、ほぼ日が運営する「ほぼ日曜日」の会場やウェブサイトでカーテン生地やグッズを販売。

プロジェクトURL  https://www.1101.com/n/s/art-shimatsu_morimura/index.html


──「アート・シマツ」プロジェクトはどんな風に始まったのでしょうか。
まずお伝えしたいのは、大見えを切って、気候変動やこれからの美術館のあり方を考えてこれをやろう、と決意したわけではない、ということです。

始めにあったのは、京都市京セラ美術館で「とにかく面白い展示をやりたい」という思いでした。構想するなか、1人の人間の、心の中の迷宮にお客さんが入り込んでいくような展覧会にしてはどうか、と考えた。心の中ですからソフトなイメージで、いろいろな意味で揺らぎを感じさせる素材を使いたい。そこから、展示室全体に布で迷路を作るという誰もやったことのないイメージにたどり着きました。

天井高が5メートルもあるうえ、カーテンのようにひだがないと面白くないと感じたので布は大量にいる。劇場の緞帳(どんちょう)などを手掛ける京都の川島織物セルコンさんが協力してくれて実現できそうだと言われ、「それならぜひやりたい」という気持ちで進めたのです。

残された「立派すぎる」布の行方

──布の総量は面積にして約2500平米もの量になったとか。

相当のスケールです。しかも特注の色で、展覧会のためにオーダーメイドで作ってもらいました。展覧会というのは始まった途端に会期後についての打ち合わせに入るのですが、その時になって「このカーテンってどうなるのかな」と思ったんです。

普通なら展示業者さんが仮設壁を立てて、終了後はそれを持ち帰ったり、廃棄したりするので作家自身はそこまで気にしない。おそらく美術館も同じで、後のことは業者さんにお任せします。しかし、この展示の場合は大量の立派すぎる布が残ることになる。何より、企画段階で誰もそのことを考えなかったのが、今では不思議な気もしますね。

この後を想像するに、廃棄するにもかなりお金がかかるので、もったいないからとりあえず置いておこうとするでしょう。でも、その一時保管というのが1番まずいパターンで、そのまま布にカビがついたり傷んだりして、結局は廃棄することになるのではと思いました。

そこで、僕は美術館に、この後のカーテンの使い方みたいなことを続編の展覧会にしたら面白いのではないか、と提案した。それに対して「面白いけど、実現は難しい」というのが美術館側の反応でした。当然のことです。何年も先まで展覧会の予定が詰まっているのだし、相当面白いと思う人がいないと何とかしようとはなりません。

それでも「森村さんご自身でプロジェクトをやるなら協力します」と美術館が言ってくれて、布を自由に使わせてもらえることになりました。

Photo by Kazuo Fukunaga 

──カーテンは誰の所有物になるのでしょうか。

美術館が購入したものではあるけど、会期終了後には廃棄が決まっている展示品ですね。例えば、別の公立美術館でも展覧会後、作品展示用に作ったアクリルケースを捨てるというので、「もらってもいいですか?」と聞いたら「譲渡になるので、できません」と断られたことがあります。パブリックマネーで買ったものだからとはいえ、捨ててしまうのはもったいないな、といつも感じていました。

今回は1つや2つの話ではなく、全面の壁として使った大量のカーテンです。自分の展覧会後にそうした廃棄物がたくさん出てしまう事態に直面して、その後始末を考えないわけにはいかなかった。この再活用の提案に対し、美術館が布を提供してくれるという形で協力してくれたのです。

誰もが参加したくなる「後始末」にするには

──「ほぼ日」と組むことになった経緯を教えてください。

自由にやっていい、と言われたものの、僕1人では無理です。一緒にやってくれるお相手を探す中、何回か一緒にお仕事をした「ほぼ日」の奥野武範さんに話してみようと。社長は糸井重里さんだし、複雑な話を一言で説明したいと思いました。そこで、落語「始末の極意」から着想して「アート」と「後始末」で「アート・シマツ」というダジャレみたいなフレーズを考えて、プロジェクトを提案しました。すると、思った以上に良い反応が返ってきて「やりましょう!」という話になった。

僕がその時思ったのは、物事は面白くなければ意味が無いんじゃないか、ということです。気候問題を含め、社会問題の多くは非常に危機的で深刻ですが、それに対して悲劇的にヒステリックになったり、使命感を持ったりというのは少し危険だと感じます。そこに使命を感じてしまうと、それ以外の考えには厳しくなるので自分はあまり好きじゃない。

逆に、面白い活動なら不特定多数の多くの人がそれに関わりたいと感じるはずです。面白ければ何でもいいわけじゃないけど、このプロジェクトは面白く思える要素を大切にしたいと考えた。「ほぼ日」さんも同じ発想をするユニークな会社で、ウェブサイトを中心に発信力がある。プロジェクト実現の力になってくれるだろうと考えました。

──プロジェクトが進む中、例えば「リユース」「再利用」といった、環境問題の議論でよく使われる言葉は出てきましたか。

別に避けていたわけではないけど、リサイクルとかリユースとか、そういう言葉は出ませんでしたね。社会問題を語る言語ではなく、「ケチと始末は違う」とか、日常で使う日本語でそんな話をしていた。カーテン生地を切り分けて販売するにも、難しい言葉で語るより「あの展覧会の記憶が織り込まれたカーテンなんです」と言った方が面白いし、多くの関心を集めます。

そんな特別な布を生活の中でどんな風に使いたいでしょうか、と「ほぼ日」のウェブサイトで奥野さんがアイデアを募ってくれました。すると、実現できるもの、できないもの、全国からいろんな答えが返ってきた。それらを見ながら、経費をまかなえる価格プラスアルファを設定して、どれくらいの価格でお譲りできるかといった具体的なことを考えていきました。

記事の続きを読む(Art Climate Collective Japanウェブサイト)


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アートがもつ表象の力、美術史や言説と気候危機の関係、そして具体的な実践について、AITの活動全体を通じて追求していきます。アート・オンライン講座「崩壊の時代の芸術体験」コースやTASで行っている講座と合わせてご活用ください。

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