Mafumi Wada (AIT)
「ART IN THE OFFICE」(企画・主催:マネックスグループ株式会社)は、“現代アートが未開拓の表現を追求し、社会の様々な問題を提起する姿勢に共感し、現代アートの新進アーティストを支援する場づくりをしたい”という想いのもと、マネックスグループが2008年から継続しているプログラムです。AITは開始当初から運営協力を行なっています。また、毎年、受賞アーティストとともにワークショップやイベントの企画・実施もしています。
今回選出されたアーティストの植松美月さんは、紫のインクで染めたA0サイズのコピー用紙に、自分が意識した1日の呼吸数をナンバリングスタンプで刻印する作品を制作しました。詳しくはこちら
たった一つの行為がもたらす変化に気づく
当日は、マネックスグループから17名の社員の方が参加しました。
テーマは「身近な素材やたった一つの行為が、周りに変化をもたらす可能性に気づいてみる」こと。
ワークショップでは、植松さんが素材として扱っている「紙」(レシートに使われる紙)と数種類の「インク」(万年筆用)、霧吹きを使って、植松さんの作品制作の一端を体験してみようというものです。
ワークショップではまず、植松さんがこれまで作ってきた作品を振り返りながら、彼女にとって制作することとは何なのか、どのような意味を持つのか、活動の軸になるお話しを伺いました。
植松さんが最初に出会った素材は、鉄。アセチレンガスと酸素で鉄を高温に熱し、吹き切る”溶断”を大学のオープンキャンパスで体験したとき、魅了されたと言います。溶断するという行為の衝撃と、そのとき断面に見えた赤から青へと変化していく色が、扱う素材が紙へと変化した今も、彼女の制作の核となっているとのこと。そして、切るときに時間や自分の呼吸を意識していた、ということが、紙へのナンバリングにも繋がっています。
植松さんにとっては、鉄の溶断や紙を切る行為は、反復行為であることに意味があると言います。時間を忘れ反復行為に没入していくことが呼吸を意識させ、素材が自分のものになっていくことを確かめることになっている、と。切る行為に没入することが、自分が今その場にいることの証明にも繋がっているそうです。自分がそこにいて何か行為をすることが、周囲にどのような影響を与えるのかにまで興味対象が広がっていった様子が語られました。植松さんの制作に対する誠実さ、切実さが感じられる一場面でした。
植松さんが鉄から紙へと素材を移行したのは、宮崎県のとある神社に展示するための展示制作をしたときのこと。たまたま家に運び込まれた大量のコピー用紙が、鉄の塊と同じような動かしがたいものに見えたと言います。ですが、その紙を切り続けると軽やかなものに見えたそうです。
インクを選んで“しみしみ”してみる
植松さんの制作行為を擬似体験してみると言っても、紙にひたすら切り込みを入れ続けていたらそれだけでワークショップの時間が終わってしまう! ということで、今回は植松さんが事前に紙に細かく切り込みを入れて準備しました。その紙を参加者が自分の身幅にちぎって、好きな形にまとめてホッチキスで止めます。どんな形にまとめるかも、その人の個性が現れるポイントですね。
その後、各自で気になるインクの色を選ぶところからスタート。植松さんの作品のベースとなっている紫は共通の色として垂らしますが、それ以外の赤、オレンジ、青色の中から、その日の気分によって選んでもらいました。
ここからがワークショップ本番。霧吹きで水をかけてから、紫のインク+自分が選んだインクを垂らすと、色がじわりじわりと変化していきました。これは、霧吹きの水が呼び水となって、色の変化を呼び起こす仕組みとなっています。さらに乾燥すると、インクを垂らした部分よりも先の、根本の部分の色が、実際に垂らした色ではない不思議な色へと変化していきます。
気持ちと色の変化
最後は、なぜその色を選んだのかを発表してもらいました。ちょうどこの日は三連休明け。オフィスには少しぶりの出勤という方も多く、理由を聞いていくと、色に込められたさまざまな気持ちが見えてきました。
選んだ色と、その理由
・「青を選びました。ここ(WSの会議室)に足を踏み入れるのが初めてで、フレッシュな気持ちだったから。」
・「オレンジを選びました。今朝、子どもが「水筒がない」と言い始めて、連休前に学校に置き忘れてきたことが発覚! そんな憂鬱な気持ちを吹き飛ばしたくて。」
・「青を選びました。連休中、地元に帰省して大学の同期が頑張っている姿に刺激を受けて、自分も頑張ろうという気持ち。」
他にも、休暇で訪れた海外を思い出しながら色を選んだ方、風邪気味で元気を出したくてカレーを食べる予定があるからこの色に、という方など、同じ色を選んだとしても、人によって色に対する感覚はさまざま。発表中も笑い声が上がって、賑やかに終了しました。
ワークショップ開催から一週間が経過したオフィスでは、「どんな色になった?」と声を掛け合う姿が見られるそうです。
植松さんからは、下記のようなコメントをいただいています。
この経験が、日常的に見る何気ないモノやコトに対して「たったひとつの行為が、周囲に変化をもたらす可能性」への気づきになれば、みなさん自身が自分でも気づいていなかった新しい世界に没入する入り口に立っていると言えるのではないでしょうか。
変容していくことを恐れず、受容していくことを楽しむ。そのことをワークショップに参加されたみなさんや、作品に関わってくださったみなさんと共有することができれば、嬉しいです。
アートとビジネスの仕事。一見、何の共通点もないように見えるかもしれません。しかし、アーティストにとっての社会との関係性や捉え方を知り、少し手を動かして制作の一部分を体験してみることで、アートとの距離感はグッと縮まります。
今回は誰もが日々手にする「紙」を用いました。少し手を加えるだけで、それぞれの個性あふれる”作品”ができたことで、参加者のみなさんがよりアートに親しみを感じ、植松さんの作品に対する想像もより広げることができたのではないでしょうか。
Text: 和田(AIT)
参加者のコメント(抜粋・要約)
・植松さんの他の作品や制作過程の話を聞くことで、24時間の生きざまが表現されていることが分かり、個々の繋がりを感じました。
・インクが滲んでいくおもしろさを体感すると、ただの紙が自分のものになる感覚を味わい、見え方が変わりました。
・植松さんから作品の変遷や考え方などを聞いたことで、自分の手を動かしながら素材の性質や変化を心から楽しむことができました。
・時間の経過とともに変化する作品は株式の値動きを連想させ、AIOにぴったりだと感じました。
・作品制作において「経年劣化を防がなければならない」という考えを持っていましたが、劣化ではなく変化と捉え肯定することができるという新たな視点を得ました。今後、植松さんの作品が多くの人の目に触れ、心を揺さぶり、癒しになることを楽しみにしています。
・300-400枚の紙でも空気と水を取り込むことで非常に大きな作品ができたり、1500枚もの紙を密に重ねると強固でコンパクトな作品になることが、自分にとっては非日常的でとても印象的でした。
・植松さんのナチュラルな人柄や丁寧な解説のおかげで、創作意欲が掻き立てられ、楽しいワークショップでした。
・作った作品はデスクのモニターの中心に置いて、経過を見守りながら楽しんでいます。
・ワークショップから持ち帰った紙をデスクに置いて眺めていると、1日の中で紙が変化していくのが分かりました。ワークショップ前に感じた気分と今の気分は異なりますが、紙も同様に乾燥したり手触りが変わったりと、移ろいゆく様子が同じだと感じました。
マネックスグループ ART IN THE OFFICE 2024 受賞作品について、詳細はこちら
植松美月 プロフィール
1995年兵庫県生まれ、東京都在住。2023年東京藝術大学大学院美術研究科彫刻領域博士後期課程修了。主に、鉄や紙といった規格のある素材を中心に彫刻作品を制作する。近年は、作品制作過程において、反復行為が自身の呼吸と同期していくことに着目し、自身の存在を確かめるように作品に「痕跡と変容」を残す試みを行なっている。これまでの主な展覧会に、個展「月に浮かぶ、」(2024年、aaploit、神楽坂)、グループ展「P.O.N.D. Dialogue/あたらしい対話に、出会う。」(2023年、渋谷パルコ)などがある。テラスアート湘南アワード2023グランプリ受賞、野村美術賞受賞。2024年10月にartstudio NAZUKARI WAREHOUSE(千葉)にて個展を開催予定。
マネックスグループ株式会社について
MONEXとはMONEYのYを一歩進め、一足先の未来における人の活動を表わしています。常に変化し続ける未来に向けて、最先端のIT技術と、グローバルで普遍的な価値観とプロフェッショナリズムを備え、新しい時代におけるお金との付き合い方をデザインすると共に、個人の自己実現を可能にし、その生涯バランスシートを最良化することを目指しています。個人の自己実現において重要な要素である「資産形成」を中核事業としてきたマネックスグループですが、教育、ゲノムプラットフォーム、メタバースを含む、金融領域に限らないさらに広いフィールドへと踏み出し、個人のウェルビーイングの向上を目指します。https://www.monexgroup.jp/jp/index.html
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